2004年09月05日
♪翼をください 赤い鳥

この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ 翼はためかせ...
1970年(昭和45年)
この曲が生まれた年 そのとき僕はまだ中学三年生
そして、高校に入って初めて ♪翼をください を聴きました。
合唱部の定期演奏会でもこの曲を歌い、
その和音とうたの素敵さに涙した記憶があります。
♪のっぽさんのJ-POPmusicはこちらです
http://www.geocities.jp/midi_ongaku/index.html
♪翼をください
詞:山上路夫 曲:村井邦彦 1970年(S45)
いま 私の願い事が叶うならば 翼が欲しい
この背中に鳥のように 白い翼つけてください
大学時代
酔えばギターの宴になり、
締めくくりは必ずと言っていいほど“♪翼をください”
みんな、いつもこの曲を必死になって歌っていました。
みんな、この曲を歌うときは なぜか真剣でした。
泣きながら歌うヤツもいたっけ....

この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ ゆきたい...
みんな
飛んでいきたいけど...飛んでいけない
それがわかっていても
それでも 飛び出していきたい
あの大空で
大きく広げた翼に
真正面から風を受けながら
明るい太陽が降り注ぐあの青空を
自由に 強く 颯爽と 正々堂々と 飛び回りたい
でも やっぱり 飛んでいけない...

子供の時 夢見たこと 今も同じ夢に見ている
自分が...
自分のこれまで生きてきた年月のなかで、
そしてこの曲を知って以来、三十数年、
この曲ほど脳裏に自然に焼き付いている曲はないと思いますし、
何かの時に、ふと、脳裏によみがえってくる曲です。

この大空に翼をひろげ 飛んでゆきたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼 はためかせ...
ほんと...
僕らはこのうたでそだってきたんだなって思う。
山本潤子さんにちゃんとお礼をいわなきゃ (⌒_⌒)

詞:山上路夫 曲:村井邦彦 1970年(S45)
いま 私の願い事が叶うならば 翼が欲しい
この背中に鳥のように 白い翼つけてください
大学時代
酔えばギターの宴になり、
締めくくりは必ずと言っていいほど“♪翼をください”
みんな、いつもこの曲を必死になって歌っていました。
みんな、この曲を歌うときは なぜか真剣でした。
泣きながら歌うヤツもいたっけ....

この大空に翼を広げ 飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ ゆきたい...
みんな
飛んでいきたいけど...飛んでいけない
それがわかっていても
それでも 飛び出していきたい
あの大空で
大きく広げた翼に
真正面から風を受けながら
明るい太陽が降り注ぐあの青空を
自由に 強く 颯爽と 正々堂々と 飛び回りたい
でも やっぱり 飛んでいけない...

子供の時 夢見たこと 今も同じ夢に見ている
自分が...
自分のこれまで生きてきた年月のなかで、
そしてこの曲を知って以来、三十数年、
この曲ほど脳裏に自然に焼き付いている曲はないと思いますし、
何かの時に、ふと、脳裏によみがえってくる曲です。

この大空に翼をひろげ 飛んでゆきたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼 はためかせ...
ほんと...
僕らはこのうたでそだってきたんだなって思う。
山本潤子さんにちゃんとお礼をいわなきゃ (⌒_⌒)

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この記事へのコメント
五つの赤い風船の「遠い世界に」
加藤和彦さん、北山修さんの「あの素晴らしい愛をもう一度」
そして赤い鳥の「翼をください」は
勝手に私の中の「合唱ソングベスト3」になっています。
そして、懐かしのフォーク特集番組では、必ずと言っていいほど締めの曲となっていますね。
特に「この翼をください」は、♪白い翼 つけてください♪のフレーズから
♪この大空に〜翼をひろげ♪に移行していく
ところがたまらなく好きですね。(あぁ表現ができない)
残念ながら、赤い鳥の記憶はほとんどありません。
当時、お菓子のCMに出て唄っていた姿をかすかに覚えています。
もう一人の女性、平山さんがとても愛くるしくて好みでした。
村崎はこのころからオヤジが少し入っていたようです(笑)
加藤和彦さん、北山修さんの「あの素晴らしい愛をもう一度」
そして赤い鳥の「翼をください」は
勝手に私の中の「合唱ソングベスト3」になっています。
そして、懐かしのフォーク特集番組では、必ずと言っていいほど締めの曲となっていますね。
特に「この翼をください」は、♪白い翼 つけてください♪のフレーズから
♪この大空に〜翼をひろげ♪に移行していく
ところがたまらなく好きですね。(あぁ表現ができない)
残念ながら、赤い鳥の記憶はほとんどありません。
当時、お菓子のCMに出て唄っていた姿をかすかに覚えています。
もう一人の女性、平山さんがとても愛くるしくて好みでした。
村崎はこのころからオヤジが少し入っていたようです(笑)
Posted by ゲスト at 2004年09月07日 15:41
赤い鳥は5人でひとつのユニットで、そのコーラスの素敵さは群を抜いていました。
第3回ヤマハライトミュージックコンテスト(ポプコン)で彼らが一位を取ったときの二位がオフコースでした。
小田さんも鈴木ヤッさんも“あいつらすごい!”って感心したそうです。
その後、後藤さんと平山さんが“紙風船”でフォーク路線を歩み、
新居ほか二人の男性がコーラス路線となりましたが、
もう 時代は紙風船ではなくなったと思いました。
たしかに 赤い鳥時代は、平山さんはコーラスの重要な一員として、
また、すんごいかわいさに存在価値があってとても良かったんですけど、
紙風船となってからは普通のフォークデュオでしかありませんでした。
ダ・カーポの方が声的にはすばらしかったと思います。
第3回ヤマハライトミュージックコンテスト(ポプコン)で彼らが一位を取ったときの二位がオフコースでした。
小田さんも鈴木ヤッさんも“あいつらすごい!”って感心したそうです。
その後、後藤さんと平山さんが“紙風船”でフォーク路線を歩み、
新居ほか二人の男性がコーラス路線となりましたが、
もう 時代は紙風船ではなくなったと思いました。
たしかに 赤い鳥時代は、平山さんはコーラスの重要な一員として、
また、すんごいかわいさに存在価値があってとても良かったんですけど、
紙風船となってからは普通のフォークデュオでしかありませんでした。
ダ・カーポの方が声的にはすばらしかったと思います。
Posted by Meg at 2004年09月08日 18:38
こんにちは
当時僕は岡林信康、高田渡、五つの赤い風船といったメッセージ色の強い唄い手に傾倒していたので、
赤い鳥は余り好きなグループではありませんでした。
特にメジャーな作詞作曲家による歌は無条件で受け入れられなかった。
だから名曲「翼をください」より「竹田の子守唄」「赤い花白い花」のほうが心に残っています。
今では「素晴らしいグループだったんだなー」と思っています。
カーペンターズも当時は避けていました。・・・・心が狭かった。(笑)
by ここなっつ
当時僕は岡林信康、高田渡、五つの赤い風船といったメッセージ色の強い唄い手に傾倒していたので、
赤い鳥は余り好きなグループではありませんでした。
特にメジャーな作詞作曲家による歌は無条件で受け入れられなかった。
だから名曲「翼をください」より「竹田の子守唄」「赤い花白い花」のほうが心に残っています。
今では「素晴らしいグループだったんだなー」と思っています。
カーペンターズも当時は避けていました。・・・・心が狭かった。(笑)
by ここなっつ
Posted by ゲスト at 2004年09月18日 12:13
こんばんは ここなっつさん
ようこそ ココふぉれダックスだっぺ&ココふぉれBlogへおいで下さいました。
いつおいでになっていただけるのかと、心待ちにしていました(⌒_⌒)
このブログをみてお分かりのように、僕はオフコースの小田さんと鈴木ヤッさんが大好きで、
大学一年生の時に初めてオフコース音楽と出会って以来、ずっと、聴き続けてきました。
そして、その時々に流れたオフコースのうたと思い出がこのブログに綴られています。
僕は、学生時代も今も、
正面切って、強引に自分に酔ったようにメッセージを伝えようとするうたは苦手です
高校、大学時代に男声合唱をしていたことも影響していると思いますが、
うたは、詞・メロディ・コーラス・伴奏すべてが溶け合ってひとつの音楽になり、
その音楽が体に伝わってそれを自分自身が理解することで、
そのメッセージを理解することができると思っています。
>特にメジャーな作詞作曲家による歌は無条件で受け入れられなかった。
僕もそんな風に思った頃がありました。
“所詮、歌謡曲だろが(ーー;) やっぱ、シンガー&ソングアーティストがいちばん!”ってな感じでね(笑)
ですから、ここなっつさんのように“♪翼をください”より“♪竹田の子守唄”“♪赤い花白い花”の方が
当時は好きだったかもしれません。
でも、結果として、この三曲であれば、
メジャーな作詞作曲家のつくった“♪翼をください”の方がより強くいつも心に残っています。
きっと、自分の心の中にメッセージが強く伝わっているんだと思います。
ぜひ、また、お越しください。
いろんなうたの話をしたいと思います(⌒_⌒)
ようこそ ココふぉれダックスだっぺ&ココふぉれBlogへおいで下さいました。
いつおいでになっていただけるのかと、心待ちにしていました(⌒_⌒)
このブログをみてお分かりのように、僕はオフコースの小田さんと鈴木ヤッさんが大好きで、
大学一年生の時に初めてオフコース音楽と出会って以来、ずっと、聴き続けてきました。
そして、その時々に流れたオフコースのうたと思い出がこのブログに綴られています。
僕は、学生時代も今も、
正面切って、強引に自分に酔ったようにメッセージを伝えようとするうたは苦手です
高校、大学時代に男声合唱をしていたことも影響していると思いますが、
うたは、詞・メロディ・コーラス・伴奏すべてが溶け合ってひとつの音楽になり、
その音楽が体に伝わってそれを自分自身が理解することで、
そのメッセージを理解することができると思っています。
>特にメジャーな作詞作曲家による歌は無条件で受け入れられなかった。
僕もそんな風に思った頃がありました。
“所詮、歌謡曲だろが(ーー;) やっぱ、シンガー&ソングアーティストがいちばん!”ってな感じでね(笑)
ですから、ここなっつさんのように“♪翼をください”より“♪竹田の子守唄”“♪赤い花白い花”の方が
当時は好きだったかもしれません。
でも、結果として、この三曲であれば、
メジャーな作詞作曲家のつくった“♪翼をください”の方がより強くいつも心に残っています。
きっと、自分の心の中にメッセージが強く伝わっているんだと思います。
ぜひ、また、お越しください。
いろんなうたの話をしたいと思います(⌒_⌒)
Posted by Meg at 2004年09月18日 20:12











